今は・・・誰にも会いたくない。
鳴り続けるチャイム。
甲高い機械音が神経に障る。
オレは布団を被り耳を塞いだ。
全ての音を遮断し、布団の中で体を屈める。
・・・誰も・・・オレに構わないで欲しい。
オレは一人で生きていける。
このまま、誰にも関わらず一人で・・・。
いつまでも鳴り続ける機械音に、オレは全ての感覚をシャットアウトする。
オレは目を閉じて、ゆっくりと意識を手放した。
・・・。
・・・・・・。
「う・・・ん。今・・・、なん・・・時・・・」
手を伸ばし、枕元にある筈の時計を探す。
指先に触れた置時計を顔のギリギリまで近付けて時間を確かめた。
時計は十八時を少し回った場所に針を指している。
カーテンの隙間から窓の外を見ると、空が燃えるような赤みを帯びていた。
布団から起き上がり、カーテンを捲ると夕陽が見える。
赤・・・。
圧倒的な赤の存在がフラッシュバックするようにオレに襲い掛かってくる。
カーテンを掴む手に力が入った。
脳裏に浮かぶのは血に塗れた男の顔・・・。
そして・・・、カイザーの右腕。
力任せにカーテンを閉めた。
窓に背を向けて、オレは早まる動悸に喘ぐ。
「かい・・・ざー」
右腕を掴み、オレは足元を見た。
目を瞑り、忌まわしい赤の記憶を追い出そうと頭を振る。
最後にカイザーを見たのは事件直後の病院に搬送される前。
痛みに顔を歪めたカイザー・・・。
オレの顔を見て、慰めるように笑ってくれた。
俺なんかに気を使わなくてもいい。
任務中にミスをしたのはオレ・・・。
銃で犯人の頭を撃ち抜き、銃撃戦を引き起こした。
詰って、オレを責めてくれれば良かったのに・・・。
掴んだ右腕に指が食い込んでいく。
室内に突然チャイムの音が鳴り響く。
オレは緩慢な動きで玄関を見た。
「誰だ・・・?」
オレが言葉を漏らした瞬間に再度、耳障りな機械音が室内に鳴り響いた。
オレを訪ねて来る奴なんて、そうそう・・・いない。
オレは覚束ない足取りで玄関に向かい、覗き穴から外を確認した。
・・・。
「万丈・・・目・・・?」
見覚えのある顔が覗き穴から確認できた。
心配そうにドアを見つめる万丈目はGXの制服ではなく私服だ。
『おい、十代!』
苛立った万丈目の声。
激しくドアが叩かれる。
大きくしなったドアは、今にも破られてしまいそうだ。
苦しそうな表情を浮かべて、万丈目は何度もドアを叩いてくる。
任務の時でさえ、堅物ぶった表情を崩さなかった万丈目。
今は、必死な形相をしてオレを呼んでいる。
・・・万丈目は表情を曇らして、オレのアパートを訪れるなんて今まで一度もなかった。
オレがGXを辞めたせいで何か問題が起きたのだろうか・・・。
「どうしたんだ・・・、万丈目・・・」
ドア越しに万丈目へ呼び掛ける。
思った以上に低く沈んだ声が喉から漏れた。
『十代・・・!・・・やはり居たか・・・」
安心したような万丈目の声。
覗き穴から見えた万丈目の厳しい表情が、少しだけ和らぐ。
その表情の変化に、オレは何か言い得ようのない不安を感じた。
「どうした、万丈目・・・。GXで何か問題でも起きたのか・・・?」
『どうした・・・って、貴様がいきなり辞めるなどするから・・・』
オレが問い掛けると、万丈目は顔を伏せた。
『・・・心配になって、来たんだ・・・!』
小さな声で叫ぶように万丈目が呟く。
肩が頼りなく震えているのが見えた。
いつもの強気な万丈目とは思えない態度が一層の不安を煽る。
それでも・・・、オレは・・・。
雑念を振り払うように、オレは頭を振った。
疼くような痛みが、脳内に響く。
今は、一人になりたい・・・。
誰とも会いたくないんだ・・・。
「帰ってくれ・・・」
『十代・・・ッ!』
オレの言葉に万丈目が過剰反応を示した。
万丈目の苛立ちがドア越しに伝わってくる。
薄いドアが万丈目の声の大きさに震えた。
『ドアを開けろ!十代!顔を見せろ!』
「帰って・・・くれ」
オレは、搾り出すように声を出した。
万丈目の必死な声がドア越しに聞こえる。
『いいから、開けろ!貴様に話す事がなくても俺にはある!だから、開けろ!』
・・・話す必要はない。
オレはGXに戻らないと決めた。
大きな音と共にドアがしなる。
『十代ッ!お前、・・・もういいのか?』
苛立ったような万丈目の声。
何かに急かされているような声にオレは違和感を覚えた。
「何を・・・言っているんだ」
聞き返すと、万丈目の声が小さくドア越しに聞こえる。
『カイザーの事も・・・、あの電話の事も・・・』
万丈目の漏らした言葉が、オレの胸に深く突き刺さった。
事件直後に掛かってきた謎の電話。
ボイスチェンジャー越しの高笑う声。
汗ばんだカイザーの苦痛に歪んだ表情・・・。
脳裏に浮かび上がる男の死に顔・・・。
ドアノブを握る手に力が篭る。
オレは・・・
「・・・いいから放っておいてくれ」
「どういうことだ・・・・・・」